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みんながやっていないことをやる。それは、想像以上に険しい道のりです。
東京からIターンした「マルシゲ清水製茶」の清水さんご夫妻は、三重県四日市市水沢町(すいざわちょう)で、その土地の慣習を破るお茶作りに励みます。
日本一なのに知られてない?三重県のかぶせ茶
三重県で作られる「かぶせ茶」は、日本一の生産量を誇ります。名誉あるナンバーワンの称号ですが、実はその存在はあまり知られていません。
その理由は、他の地域で販売されている有名なお茶や、ペットボトル緑茶飲料のベースに使われる原料茶の生産がメインだから。実は三重県のお茶は、影の立役者としての役割を担っています。
そんな中、清水さんご夫妻は個性あふれる「品種茶」を通じて、水沢茶を主役に引き上げようと様々な努力をしています。
「マルシゲ清水製茶」が誇る「さえあかり」
三重県四日市市水沢町(すいざわちょう)で作られる〈さえあかり〉。
深緑の茶葉に湯を注ぐと、やわらかな湯気とともにトウモロコシのような甘い香りがのぼります。きっと、初めて飲む方はその香り高さに驚くはず。
まろやかな旨味と甘味が口いっぱいに広がり、香りとともにリラックスできるお茶です。
三重県のお茶が京都の「宇治茶」を支えていた⁈
三重県はかぶせ茶の生産量が日本一で、およそ全国シェアの70%を占めます。
かぶせ茶とは、お茶の葉を刈り取る前に黒いネットなどで被覆し、太陽の光をさえぎって作られるお茶のこと。
新芽を太陽の光からさえぎることで、お茶の渋味が抑えられ、旨味が引きたちます。
三重県のかぶせ茶は、生産量が日本一にも関わらず、あまり一般的には知られておらず、主に京都府産の宇治茶のベースとなる原料茶が農家さんの収入源となっています。
「京都で作られているお茶だから宇治茶じゃないの?」と思う方もおられるでしょう。わたしも驚きました。
「宇治茶」の定義とは、京都・奈良・滋賀・三重の四府県で作られたお茶を指すとのこと。実際には京都産だけで消費量をまかなうことは難しいそうで、広く定義づけられています。
いわば、三重県で作られているお茶のほとんどは、京都の宇治茶の黒子がメインなのです。
日本で最も多く作られている定番の品種「やぶきた」が、三重県の茶葉生産量の9割ほどを占める理由。
それは、濃い旨味のある品種は主張が強すぎてブレンドに不向きだから。個性の強い「さえあかり」や「そうふう」のような品種茶は、他の地域のお茶を支える原料茶には向きません。
黒子から主役へ。偶然が生んだ品種茶
「経営なんて全然わかっていませんでした。だけど、今後は自分たちで売っていかないと厳しい気がしていて」と話すのは、奥さまの加奈さん。
加奈さんのご両親が本格的に始めた茶畑は、戦後から現在まで受け継ぐ大切な畑です。
茶農家はお茶問屋に、ブレンド向きの茶葉を大量に買い取ってもらうのが基本。直接お客さんに販売する小売業まで行う茶農家は決して多くはありません。
三重県では比較的珍しい品種茶を販売できたのは、意外にも加奈さんのお父様がたまたま植えたのがきっかけ。その良さに気づいたのは、ここ数年のこと。
実際に植えても、茶葉が収穫できるまでは6~7年の年月が必要です。まして、きちんと収穫できる畑に育つかどうかは誰にもわかりません。「『さえみどり』なんて、6000本植えて3000本枯れた」と苦笑いを浮かべます。
いま、清水さんが美味しい品種茶を作れている事の発端は、お父さまが生んだ偶然のおかげなのです。
「質より量」から、「量より質」へ
2020年3月に農林水産省が出した資料によって、一番茶(その年に最初に取れるお茶)の買取価格が2000円を切ったことが茶業界の話題にのぼりました。
実際のところ、ペットボトル飲料などで日常的にお茶を楽しむ人は増えてはいますが、総じて見ると、茶葉市場が年々縮小しているのが要因のひとつ。
また、大量生産に加えて早期出荷することで、高値がつく傾向にあります。
そのため、茶農家が品質の良いお茶を作ることよりも、いかに他より早く、たくさんの量を生産できるかに比重を置くようになり、品質の落ちた茶葉が市場に余るようになります。茶農家にとって深刻な悪循環が生まれ、全体的な買取価格が落ちたという見方もあるとのこと。
「お茶の品質よりもどれだけの量を出荷できるか、茶問屋に1円でも高く売れればいいや、という風潮が茶農家にあったのが要因のひとつだと思います」と聖一さんは話します。
新茶が市場に出る時期はどんどん早まり、清水さん夫妻が茶園を引き継いだ16年前と比べると10日以上は早まっているそう。
消費者であるわたしたちからすれば、新物を早く手に入れたい気持ちもあるのが正直なところ。ですが、物事には適した時期があるように、焦らず急かさずおいしさを十分に蓄えたお茶の方が美味しいのは、今も昔も変わりません。
かぶせ茶の魅力を自分たちの手で届ける
清水さん夫妻は、自分たちのお茶を直接買ってくれるお客さんを増やすように動き始め、10年前には茶工場の隣にある築70年以上の古民家を「かぶせ茶カフェ」としてオープン。
品種茶の飲みくらべを始め、かぶせ茶を使ったサイダーなど、日本茶をカジュアルに楽しめる取り組みに励みます。
行政との取り組みにより、地元小学生の茶工場見学や新茶の季節には茶摘み体験にも力を入れ、かぶせ茶の魅力を伝えるために奔走する清水さん夫妻。
「カフェや小売を始めてわかったのが、問屋が求めてるお茶と消費者が求めるお茶が違うということ。問屋はお茶がどれだけきれいな色を出すかを重視しますが、お客さんは香りや味で選ぶんですよね」と、加奈さん。
現在も原料茶の生産を続けつつ、みずから店や出張販売へ立ち、お客さんの声に耳を傾けます。
新参者が育て上げた水沢のかぶせ茶
そんな2人の出会いは、新宿の某デパート。全国のお茶を扱う小売店で働く加奈さんと、その隣のパン屋でマネージャーを務める聖一さん。東京出身の聖一さんを連れて、加奈さんは地元へIターンし茶園を継ぎます。
パン屋から茶農家に転身した聖一さんですが、知識ゼロの新参者だからこそ、地元の人たちが手を貸してくれたと話し、今では立派な水沢町を率いる生産者の一人になりました。
16年経った今。これからやりたいことを聞くと、
「いずれ、茶畑にテラスを作ろうと思っていて。この辺りは気候がいいから、景色を眺めながらお茶を飲んでもらえたらいいなって。茶農家だからこそできることですしね。」
茶農家の枠を超えて、新しい試みにも積極的に取り組む清水さん夫妻。
「かぶせ茶で、ここまで個性のある味わいは珍しい」と、同業の茶農家からもお墨付きをもらい、自信につながったと話します。
影で支えるお茶だけでなく、主役になれる個性の強いお茶を育て上げられたのは、お二人の自然体な姿のおかげに思えてなりません。
執筆・撮影:チヒロ(かもめと街)
浅草育ちの街歩きエッセイスト。「知られざる街の魅力」をエッセイで届けるWebマガジン〈かもめと街〉主宰。年間500軒の店巡りでガイドブックに載らない場所やカルチャーをお届けしています。
かもめと街:https://www.kamometomachi.com
編集:藤井航太