極まる品種の個性。自然と育む山のお茶|静岡県川根本町〈樽脇園〉

May 11, 2021

BEHIND THE SIP

大井川の上流、川岸の山中にちらほらと茶畑が広がる静岡県川根本町といえば、古くから銘茶の産地として知られる地域。

南アルプスの険しい山々に囲まれたこの地区では、寒暖差が大きく、朝夕には川霧が作り出す天然のカーテンが広がります。ゆっくりと育つ新芽は水分を含み柔らかく、そして山間部特有の芳しい香りを放つ、正に銘茶と呼ぶに相応しいお茶が作られます。

今回は、そんな日本最高級の茶産地、川根本町で200年以上の歴史を持つ、樽脇園を訪ねました。

古くから続く銘茶の産地、川根本町

静岡県川根本町

東名高速の島田金谷ICを降りてから車で1時間弱。うねうねと曲がりくねる山道を大井川沿いに登っていくと、次第に茶畑が目に入ります。

ここは川根本町。人里離れたこの山中では、古くから最高級のお茶が作られてきました。

山肌に作られる畑は傾斜も激しく、乗用型摘採機の乗り入れができない場所も多く残っています。近代化・効率化が進む茶業界において、傾斜地はその恩恵を非常に受けにくい地域です。

その反面、山々に遮られた適度な日照条件や大きな寒暖差、朝夕に現れる川霧は、香り高いお茶を作るために必要な要素でもあります。

美味しいお茶が育つ茶産地としての強みと、その険しい立地から来る農作業の難しさのどちらをも抱える地域なのです。

樽脇家の八代目・樽脇靖明さん

そんな樽脇園の畑は、標高630m。ちょうどスカイツリーと同じくらいの高さのエリアに広がっています。

管理する畑は2.3町歩。全国的に見れば決して大きな規模ではありませんが、樽脇園では30年以上前から有機栽培でお茶を作っており、そこにかかる手間暇や山間部の農作業の難しさを考えると、それでも十二分な規模です。

かつては林業を営んでいた樽脇家の8代目、靖明さんは今年でお茶を作り始めて20年目。なんと、この広さの有機の畑を一人で管理しているというのだから驚きです。

「この土地自体はもう200年くらい。江戸時代からあると思う。父の代から林業がダメになったので、杉林を開墾して茶畑を広げたんですよね。他所の茶畑がないから無農薬、有機栽培。循環型農業って意味では適してますよね。」

無農薬でお茶作りをする場合、必要な条件はいくつかありますが、そのうちの一つが周囲に畑がないこと。周囲に畑があると、そこで使われた農薬が風に運ばれてきてしまったり、無農薬の畑に虫や獣が集まってしまうため、周囲の農家の方に嫌がられたりと、色々と懸念があるのだそう。

険しい山中で、周囲に他の畑が無いこの土地だからこそ、無農薬栽培ができているのです。

有機でお茶を作る理由

「俺は出汁のようなお茶は作りたくないから、過剰な肥料は要らない」

靖明さんの語る出汁のようなお茶とは、被せや深蒸しといった過程を経て作られる、濃厚な旨味とコクを持ったお茶のこと。

基本的に有機栽培で作られるお茶は、慣行栽培のそれと比べて旨味が少ないお茶となります。お茶の旨味は肥料から作られるため、濃厚な旨味を持つ出汁のようなお茶を作るためには、肥料は欠かせません。

自然に近い環境で、人の手が大きく加わらない有機のお茶は、その品種や産地の特性がストレートに現れるお茶なのです。

靖明さんの目指すお茶は、そんなお茶の個性が光る山のお茶です。

山が作る香り。露地・浅蒸しの山のお茶

昔から、山のお茶は香り高く仕上がると言われています。

周囲の山々が適度に日差しを遮り、さらに朝は川から蒸発した水分から発生する朝霧が茶葉に水分を与え、ゆっくりと柔らかな新芽が育ちます。

柔らかい芽は加工がしやすく、蒸しの時間が浅くとも十分に揉捻ができます。この蒸しの時間が長い深蒸し茶の場合、熱が多く加わるため、お茶の持つ香りが少なからず飛んでしまうんです。品種特有の香りを最大限に味わうのであれば、自然と「浅蒸し」であることが条件となります。

さらに、樽脇園では被せの工程を行わない、露地栽培でお茶を作っています。被せはテアニン(旨味成分)がカテキン(渋味成分)に変化することを防ぐため、お茶の旨味を増やし、水色を濃くすることができますが、そこで付与される「覆い香」は品種特有の香りを隠してしまう要因となります。

露地栽培で作られたお茶は、渋味こそ強く仕上がりはしますが、覆い香が無い分その品種、その土地のお茶の香りをストレートに味わうことができるお茶なのです。

品種の個性を極めたお茶

ここ数十年の煎茶のトレンドは被せ・深蒸しで、水色を濃く、旨味をよく乗せたお茶。それに対して有機・露地・浅蒸しと、樽脇園のお茶は正反対を志向しています。

そんな樽脇園のお茶を飲んだ時、私はかなりびっくりしました。

その驚きの一つは、やはりその香り。

例えば「つゆひかり」という品種は、天然玉露とも呼ばれる「あさつゆ」と、桜葉のような香りを持つ「静7132」を掛け合わせて生まれた品種。

樽脇園の「つゆひかり」からは、正しくその系譜を感じます。有機とは思えないほどギュッと詰まった旨味、そして後味にふわっと広がる桜のような華やかな香り。この品種が持つポテンシャルが、余すことなく引き出されている。そう感じさせてくれるお茶です。

「(市場で人気のある被せ・深蒸しのお茶に対して)うちは基本的に目指してないので。100人飲んで100人に美味しいって言わせようとは思ってないんです。」

畑から販売所に戻り、お茶を淹れながらそう語る靖明さん。その理由は、お茶の淹れ方の難しさ。

茶葉が細かいため味が出しやすく、そもそもの苦渋味が少ない深蒸し茶に比べて、樽脇園のお茶は苦渋味もしっかりあり、淹れ方次第ではその味を台無しにしてしまいます。

「ちょっと淹れ方を間違えると超不味い。100人飲んでも100人美味しいって言わないのは、そういう理由がある。でも、お湯の温度とかをばっちり淹れてあげると、もうめちゃめちゃ美味い。この淹れ方で飲んでもらったら他のお茶飲めなくなるよ。」

そう語る彼の言葉からは、自分の作るお茶に対する自信と誇りを感じました。

特注で作ってもらったという絞り出しの急須

ここでしか作れないお茶を。樽脇園のお茶作り。

「川根で深蒸しにすること自体が間違ってるんだよね、牧之原でもできることを真似したって仕方ない」

靖明さんが語ったその言葉は、私たちの胸にズンと響きました。

樽脇園のお茶はまさしく、この土地でしか作れないお茶。その品種、その土地が持つ個性と強みを最大限に反映した山のお茶です。

「父が1990年からオーガニックで始めて、そういう意味ではありがたいよね。それがあるから今俺がいる訳じゃないですか。今日からやって明日できるかっていうとそんな生易しいものでもないし、時間がかかる。」

何十年、何百年と引き継がれてきた畑で、今日もお茶を作り続けること。多年生の作物である茶樹と人間の付き合いは長く、土地と人間の関係はそれよりも更に長く続きます。

川根という銘茶の産地で、父から受け継いだ有機の美しい畑で作る、歴史と誇りの山のお茶。

樽脇園が作るお茶は、樽脇園でしか作れないお茶でした。