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私はこれまで過去2回、永山さんを尋ねましたが、その度に驚くほど長い時間話し込んでしまうことを密かに反省しています。

茶畑の真裏にあるご自宅に作られた、青々と茂る畑を見渡しながらお茶が飲めるウッドデッキ。3月の麗かな風と陽射しの中、永山さんのお茶を飲みながら彼の話を聞いていると、思わず時間を忘れてしまうんです。

それはきっと、穏やかな人柄のうちに秘めた、お茶づくりへの情熱に惹かれたから。そんな情熱をもって作られる彼の「やぶきた」は、僕らが出会ってきた中でもトップクラスに美味しいお茶です。

今回は、鹿児島県南九州市頴娃地区でお茶づくりを行うやぶきたの名手・永山和博さんを尋ねました。

頴娃の山あいで。祖父の作った畑。

鹿児島県と言えば、本土最南端に位置する都道府県。その温暖な気候と日照時間から、種子島を除けば日本で最も早く新茶の流通が始まる茶産地でもあります。

静岡や三重がゴールデンウィーク前後に収穫を行うのに対し、鹿児島では1ヶ月ほど早い4月上旬から収穫が始まります。この時期、茶市場では流通が早ければ早いほど高い値が付くことから、鹿児島では「ゆたかみどり」「さえみどり」などの早生品種の栽培が盛んです。

特に「ゆたかみどり」は、「やぶきた」に次いで国内の生産量シェア2位を誇る品種ですが、そのほとんどが鹿児島県で生産されており、鹿児島でどれだけ早生品種が重宝されているかがよく分かるというものです。

ちなみに数ある品種の中から「ゆたかみどり」が選ばれたのは、永山さんのお祖父さんの功績。この地域に適した品種がなんのかを試験場の先生方と相談したお祖父さんが、「ゆたかみどり」を選んだんだそう。

そしてそんな鹿児島のお茶づくりを左右した永山さんのお祖父さんは、「早く収穫できること」が価値に直結する茶産地・鹿児島において、あえて山間部に畑を作ることを選びました。

山間部にある永山さんの畑

標高が高ければその分気温が下がり、周囲の山々に朝夕の日差しが遮られる山間部は、平野部に比べて摘採期が数日〜数週間ほど遅くなります。

そんな山間部に畑を作ったお祖父さんの気持ちが、今は分かると和博さんは語ります。

「僕がやっぱり思うのは、やぶきたからその土地の香りがする。僕のやぶきたは山間の畑の、山の香り。」

お茶は、寒い間に旨味を蓄える植物です。朝夕に適度に遮られる陽射し。その寒暖差が生む朝霧もまた、茶樹に降り注ぐ陽射しを適度に遮り、柔らかく、そしてたっぷりと栄養の詰まった茶葉になります。

平野部ではその日照時間の長さから素早く芽が伸びますが、ゆっくりと芽を伸ばすことで、よりたっぷりと旨味を蓄えたお茶が出来上がるのです。

その証拠に、永山さんの作るお茶はどれもたっぷりと旨味を蓄え、その味わいは抜群。

中でも初めて彼の「やぶきた」を飲んだ日のことは忘れられません。

やぶきたの名手、はるとなり(旧ながやま園)の3代目・永山和博

まだ寒い日が続く1月中旬。永山さんのご自宅にお邪魔してお話をお伺いしながら、彼の「やぶきた」をいただきました。

トロッと柔らかく、丸みを帯びた舌触り。「やぶきた」特有の力強く、これぞ緑茶と言わんばかりの王道の香り。口いっぱいに広がる旨味と、少しの苦渋味とのバランス。

恥ずかしながら告白させていただくと、僕はお茶の仕事に従事しておきながら、この「やぶきた」という品種の実力を見誤っていました。

日本の緑茶のスタンダード「やぶきた」

「やぶきた」は一時期、国内の緑茶生産量の90%以上を占めていたこともある、いわば緑茶の超定番品種です。その生産量シェアは次第に減衰しているものの、2019年の時点でも75%を誇る、圧倒的な品種です。

高い耐寒性を持ち、煎茶としての品質に優れたこの品種は、20世紀前半に一躍ブームとなり、今では「やぶきた」を作っていない生産者はほぼいません。

そんなやぶきたですが、実は作るのが難しいと、永山さんは語ります。

「やぶきたはなんだかんだいって難しいんですよ。寒さには強いけど、病気に弱い。美味しいからとみんな作っているからこそ、その中で一つ抜けて美味しく作るのはすごく難しいんです。」

山間部にあり、どうしてもスピードを追求することができない永山さんの畑は、裏を返せばじっくりと滋味の深いお茶を作ることができる畑だということ。永山さんのお茶づくりは、鹿児島にありながら鹿児島らしからぬお茶づくりなんです。

そんな永山さんの「やぶきた」は、旨味もさることながら、鼻に抜ける香りがとても芳醇で、一杯のお茶からこんなに豊かな香りが生まれるのかと驚きました。

手をかければかけるだけ美味しく。茶に向ける深い愛情。

永山さんの第一印象は、穏やかな人。2時間ほどお話しさせていただいてから分かったのは、「お茶に向ける情熱と愛情がとんでもない人」だということでした。

「人が少ないところの上を目指すのは簡単ですけど、多いところの上を目指す方がやりがいあるじゃないですか。だからやぶきたを極めたいんですよ。」

そう言って美味しい「やぶきた」を追求し続ける永山さん。文字通り日本中の農家が作っている「やぶきた」の中でトップを狙うその姿勢は、今までお会いしたどの生産者さんとも違う、情熱溢れるスタンスです。

そしてその情熱の裏には、それと同じくらいの大きさの愛情があります。

「自分の愛情が伝われば、ちゃんと美味しいお茶ができる。茶の木は文句を言わないから、素直に聞いてくれるんです。こっちが手をかけて愛情注げば、ちゃんと応えてくれる。その代わり、手を抜いたらそこまでのお茶にしかならないんですよ。」

茶樹と生産者さんの関係は、何十年も続きます。単年作物の野菜は毎年ゼロからのスタートですが、お茶は一年一年の積み重ねが味わいを左右するんです。

その証拠に永山さんの畑は、一年中ピシッと整えられていて、彼が茶畑に注いできた愛情と時間が窺えます。そう思えば庭に作られたウッドデッキも、彼の愛情の現れですよね。

近隣の生産者さんと話し始めると、明け方までお茶の話が続くこともあるんだとか。

「お茶の話は尽きないですから。昨日も夜な夜な(別の生産者さんと)語ってたんだけど足りないし。要するにお茶バカなんですよ。好きでたまらない。だからこそいろんな産地に行っている方と話すのは楽しいし、刺激ももらえますよ。」

他の生産者さんから、新茶の時期にはキラキラして見えると言われるほど、お茶づくりが楽しくてたまらない永山さん。こんな素敵な方だからこそ、僕らもお話ししていてどんどん楽しくなってしまい、気が付けば2時間も3時間も経ってしまっているんです。

私たちも大好きな永山さんと彼の作るお茶。またあの温かい陽射しが降り注ぐウッドデッキで、美味しいお茶を飲みたいものです。

2021年, 3月 01日
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