September 28, 2020
最高の茶畑で手間暇かけた有機のお茶を。|福岡県うきは市「新川製茶」

新川製茶の樋口さんの畑は、僕がこれまで見てきた中で一番心惹かれたお茶畑です。

既に使われなくなった棚田を再利用した畑の景観。名水百選にも数えられる美しい清水。思わず息を呑むほど美しい田園風景に、思いがけず心を奪われました。

その素晴らしい環境の中で、農薬や化学肥料を一切使用せず作られる有機のお茶。樋口さんのお話を伺うと、想像を遥かに上回る手間と愛情に驚かされます。

今回はそんな、福岡県うきは市で有機栽培を営む新川製茶さんを訪ねました。

自然豊かな田園風景。福岡県うきは市

福岡県の博多市から車で1時間ほど。県の南東部に位置するうきは市。柿や葡萄などのフルーツの生産が盛んで、古くは米を中心とした農業と林業とで栄えた町でした。人口は僅か3万人弱、中でも樋口さんがお茶作りを行う新川エリアには10世帯程しか暮らしておらず、正に田園風景と呼ぶに相応しい、豊かな自然に囲まれた町です。

打ち捨てられた葡萄園
現在は使われていない葡萄園。町の至る所に柿や葡萄の樹が植えられている。

棚田百選に数えられるつづら棚田や、名水百選の一つである清水湧水があり、豊かな水源に恵まれたうきは市では、夏はホタルが集まったり、秋には棚田に彼岸花が咲き乱れたりと、その景観の美しさに全国から観光客が集まります。

うきは市の小川と棚田

その水の綺麗さから、なんとうきは市には上水道が存在しておらず、各世帯に井戸が引いてあるんだとか。都心で暮らす僕には想像もできませんが、小川に流れる水を見た瞬間、納得している自分がいました。

うきは市の小川

そしてそんな豊かな自然に囲まれた山中にある樋口さんの畑は、僕の心を魅了して離しません。

棚田を再利用した美しい畑に魅了されて。

うきは市の棚田跡地

うきは市で棚田が使われていたのは、もう数十年も前のこと。人間が自然を切り拓いて作られた畑は打ち捨てられ、既に半ば自然に回帰していると言っても過言ではありません。樋口さんはそんな棚田の一部を、茶畑として再利用しています。

全国にお茶の段々畑はいくつかありますが、実際に僕らが伺うのは樋口さんの畑が初めて。

びっしりと草が生い茂った石垣と、自然の風景が残された山の中に現れるお茶畑。青々と育つ茶樹には所々に虫食いがあったり雑草が伸びていたりと、有機ならではの苦労が伺えます。驚いたのは、人の手で整備されているはずの畑がすごく自然に環境と調和していたことです。

三月下旬でも麗かな日射しが降り注ぐ畑は温かく、風が揺らす葉鳴りや虫と鳥の声、水が流れる音があちこちから聞こえてくる、生き物の気配に満ち満ちたお茶畑。ここに案内されたその瞬間、雰囲気やその景観も含めてこの畑のことが大好きになっていました。

農作業の休憩にぴったりな木陰を作ってくれる木。
農作業の休憩にぴったりな木陰を作ってくれる木。

そんな新川製茶では、勇八郎さんのご両親の代から有機栽培を続けています。

農薬に命の危険を感じて。選んだ険しい有機栽培の道

有機栽培を始めるきっかけは昭和40年頃。お父様とお母様がまだ稲作を行いながら、少しずつお茶の栽培を始めた頃でした。マスクや防護服もない中で農薬の散布を行っていたことから、お二人とも体調を崩してしまったんだそう。

「環境とか、消費者のためじゃないんですよ。自分のためにやり始めたんです。」

どんなに作業を簡略化できて美味しいお茶ができようとも、命の危機を感じたその瞬間にこれまでの慣行栽培から有機栽培に切り替える決断を下しました。

当然ノウハウも無い中でのスタート。最初は散々だったと語ります。

「色は赤いし形も悪いし味も渋い。売り先もなくて、とりあえず作るんですけど売れやしなかった。その時はまだ林業があったので、山の木を切って食いつなぎながら、無農薬の栽培技術を考え続けたんです。」

お茶に限らず、有機栽培は本当に大変な作業です。中でも樋口さんが最も大変だと語るのが、草取り。春から秋にかけて雑草がこれでもかというほど生い茂る雑草を、片っ端から除去していくのが本当に大変なんだそう。

有機農家に休み無し。一年中続く草取り。

この日新川さんの元を尋ねたのは3月下旬のこと。5月の新茶時期に向けて、びっしりと生えた雑草を取り除く作業の真っ最中でした。

茶の畝間にびっしりと生えた雑草
畝間にびっしりと生えた雑草。

この雑草を、草刈り機で端から刈っていきます。樋口さんの畑は全部で7ha。東京ドーム1個半分にも及ぶ広大な畑を、全て手作業。さらに畑は山間部にあるため、重い機械を背負いながら、登り降りを繰り返して作業を進めていきます。

毎年ゴールデンウィークの頃から一番茶が始まり、それが終わるのが6月頭。そこから1週間も空かずに二番茶が始まり、製茶作業が終わるのが7月の中旬。そこから先はひたすら草を取り続ける管理作業だそうです。

肥料や除草剤を自分で作ったり、草を取ったり、動物除けの柵を作ったりと、慣行栽培に比べて圧倒的に忙しい有機栽培。忙しい中でも天然素材で作る除草剤やぼかし肥料などの研究を続け、ようやく味がまとまってくるまでには、有機栽培を初めて10年以上の月日が必要だったそうです。

自然と調和した、循環する畑

「子供を残す時って安全なとこで産むでしょ。うちの茶畑って安全なんですよ。餌もいっぱいあるし」

てんとう虫、ハチ、クモ、カマキリ、カエル、鹿、猪 etc…農薬や化学肥料を使わない樋口さんの畑には、たくさんの生き物が集まり、そしてその全てが循環しています。

茶樹に集まる小さい虫とそれを捕食する大型の虫。さらにそれを捕食する鳥やカエルや猪。この絶妙なバランスの食物連鎖が完成しなければ、有機栽培は上手く行きません。畝間に生えた雑草も刈り落として終わりではなく、それらを微生物が分解してくれることで天然の肥料となります。そして栄養豊かになったその土が茶樹を育て、再び雑草が根を張る。

茶畑が自然のサイクルに組み込まれ、調和が完成するまでには、とても長い時間がかかります。そこに辿り着くまでの樋口さんの努力を思うと、とても頭が上がりません。

そして、最初は散々だったと語る樋口さんのお茶も、今では本当に有機なのかを疑うくらいの美味しいお茶になりました。

有機のイメージが変わる!抜群のバランスのお茶。

少し前まで、有機のお茶といえば「美味しくない」というイメージが強く残っていました。

化学肥料を使うことでより濃くなるお茶の旨味は、有機のお茶だとどうしても弱くなりがちです。旨味の主張が弱ければその分苦渋味を強く感じるようになり、その結果「美味しくない」というイメージが残ってしまっています。

ですが、実際に樋口さんのお茶を飲んでみると、そのバランスの良さに驚かされます。

決して旨味が強い訳ではないのですが、それでもしっかりと旨味を感じます。通常のお茶の旨味がジュワッと広がるイメージだとすれば、こちらはスッと伸びてくるイメージ。そこに爽やかな苦渋味が広がり、後味は実にすっきりと、キレのある味わい。有機は品種の特性がより出やすいという特徴もあります。品種が持つ固有の香りや水色、味わいをはっきりと感じられるのも魅力の一つです。

そして何より、樋口さんの人柄に触れてから飲むお茶には、彼の優しさとひたむきさを感じます。僕はこのお茶を飲む度にあの畑を思い出し、また樋口さんとお茶の話をしながら畑を歩きたいなと思うのです。