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高取焼とは — 遠州七窯に数えられる、福岡の茶陶

高取焼の茶碗を手に取ると、思いのほか軽い。この軽さが、高取焼を語る最初の言葉です。茶の湯のために作られ、茶の湯の美意識に磨かれてきた器——それが高取焼です。

遠州七窯としての高取焼

高取焼(たかとりやき)は、福岡県朝倉郡東峰村と福岡市早良区西新周辺を中心に作られる焼き物で、国の伝統的工芸品に指定されています。

窯の歴史は17世紀初頭にさかのぼります。豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)で日本に渡った朝鮮陶工、八山(ヤカへ)が筑前藩(福岡藩)の黒田家の庇護のもと、高取山麓に窯を開いたのが始まりとされています。

高取焼に茶陶としての地位を与えたのが、江戸初期の茶人・小堀遠州(1579〜1647)です。遠州は7つの窯を「遠州七窯(えんしゅうしちがま)」として選定しました——自身の茶の湯の美意識にかなう、品格ある茶器を焼く産地として。高取焼はその7つのひとつに名を連ねます。残る6つは上野焼(大分・福岡)、朝日焼(京都)、赤膚焼(奈良)、古曽部焼(大阪)、膳所焼(滋賀)、志戸呂焼(静岡)です。

茶道三千家のひとつ・裏千家も高取焼と深い縁を持ち、長く茶器の注文・監修が続いてきました。遠州の美意識と裏千家の伝統——この二重の権威が、高取焼に茶陶としての揺るぎない位置を与えています。

高取焼の特徴 — 薄く、軽く、静かな器

高取焼の最大の特徴は薄い壁と軽さです。地元産の石質粘土を高温で焼き締めることで、薄くても強度のある素地が生まれます。釉薬は飴釉・黒釉・灰釉など落ち着いた色調が中心で、厚塗りせず、素地の質感が透けるように施されます。

全体的な印象は「控えめ」の一言。高取焼の器は自己主張をしません。茶碗を両手に包むとき、手のひらに収まる軽さと、色調のにじみ方が、場の静けさを壊さない——小堀遠州が高取焼に見出した価値は、まさにこの「余白」にあります。

日常の茶器として使うなら、高取焼の薄手の湯呑みや茶碗は、煎茶・玉露のような繊細な緑茶に向いています。薄い壁でも素地が緻密なため保温性があり、温度を保ちながらお茶の風味を引き立てます。萩焼との比較については萩焼ガイド(同じく朝鮮陶工を起源に持つ茶陶)も参考になります。茶器素材全般については茶器素材ガイドをご覧ください。

よくある質問

遠州七窯とはなんですか?

遠州七窯(えんしゅうしちがま)は、江戸初期の茶人・小堀遠州が「自分の茶の湯の美意識にかなう茶器を焼く窯」として選定した7つの窯業地の総称です。高取焼(福岡)、上野焼(大分・福岡)、朝日焼(京都)、赤膚焼(奈良)、古曽部焼(大阪)、膳所焼(滋賀)、志戸呂焼(静岡)の7つがこれにあたります。各窯は藩主の庇護を受け、格式ある茶器産地として遠州の名のもとに知られるようになりました。現在も継続して作陶が行われているのは高取焼と上野焼が代表格で、茶道の世界での評価は今も変わりません。

FETCでは、日常の茶事から茶の湯まで、日本の茶陶の伝統に根ざした茶器を取り扱っています。

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