発酵茶(プーアル茶・碁石茶・阿波番茶など)は、初期加工の後に微生物発酵を行う、他のお茶とは根本的に異なるカテゴリだ。紅茶は茶葉自身の酵素による酸化で作られるが、発酵茶はカビや乳酸菌などの微生物が働く。チーズや味噌と同じ、微生物が主役の「本来の発酵」に属する。
発酵茶の製造の特徴
茶業界では「発酵」という言葉が長く使われてきたが、烏龍茶や紅茶の「発酵」は技術的には「酵素的酸化」だ。本来の意味での発酵は微生物によるもので、後発酵茶(プーアル茶・碁石茶・阿波番茶など)がこれに該当する。
使われる微生物の種類によって、作られる発酵茶の性格が大きく変わる。プーアル茶はカビ(主に麹黴属——Aspergillus nigerやAspergillus luchuensisなど関連種)を好気的条件で使う。阿波番茶は嫌気的条件(酸素なし)で乳酸菌を使う。碁石茶は両方を段階的に使う二段階発酵だ。私たちのお茶を選ぶときも、この微生物の違いが香味の方向性を読む手がかりになる。
プーアル茶の発酵過程で生成される成分の一つにGABA(γ-アミノ酪酸)がある。抑制性の神経伝達物質で、リラクゼーションとの関連を示す研究がある。熟成プーアルではGABA含量が非発酵茶より高いデータがあるが、食事由来のGABAと生理的効果の関係はまだ研究段階だ。
発酵茶の製造工程
プーアル茶・阿波番茶・碁石茶は、それぞれ異なる微生物と手順で発酵を進める。いずれも「茶葉の初期加工後に微生物を働かせる」という原理は共通だが、好気か嫌気か、カビか乳酸菌か、一段階か二段階か、という違いがそれぞれの個性を生む。
プーアル茶
プーアル茶はまず「毛茶(もちゃ)」——雲南省の大葉種から作られた日干し緑茶——を原料とする。これを自然に長期熟成させるのが「生茶(生プーアル)」、渥堆(ウォドゥイ)という湿熱発酵で短期間に熟成させるのが「熟茶(熟プーアル)」だ。
渥堆では、毛茶を山積みにして加水し、発酵室に棲みつく有益な菌(麹菌や酵母)が自然に茶葉へ働きかける。微生物の活動で山が発熱し、温度と湿度を管理しながら40〜60日間発酵させる。完成した茶葉は乾燥させ、必要に応じてケーキ状や煉瓦状に固めて出荷する。
この工程では、積み上げる厚みや切り返しの頻度、乾燥後の置き方までが香りを左右する。製茶師は葉色の変化と熱のこもり方を見ながら調整し、濁りのない熟香へ導く。繊細な温湿度管理。
生茶は若いうちは青さや渋味、花香のような明るさが立ちやすく、熟成とともに蜜香や木質香へ移る。一方の熟茶は、渥堆を経ることで早い段階から丸みが出やすく、土のような香りや湿った木を思わせる厚みが現れる。同じプーアル茶でも選ぶ視点は大きく変わる。
阿波番茶
阿波番茶は徳島県に伝わる日本固有の発酵茶だ。大きく成熟した茶葉を摘み、茹でて酵素を失活させ、揉む。揉んだ茶葉を茶汁とともに木桶に詰め、重石で空気を遮断して概ね2〜4週間嫌気発酵させる。木桶に自然に棲む乳酸菌が発酵を担う。発酵後に取り出して天日干しし、独特の酸味と旨味を持つお茶が完成する。
乳酸発酵が進むあいだ、桶の中では若草のような青臭さがゆっくり落ち着き、やわらかな酸の輪郭が整っていく。仕込み時期や木桶の癖によっても表情が変わり、地域差がそのまま味になる。山里ごとの発酵文化。
碁石茶
碁石茶は高知県の希少な発酵茶で、国指定の記録作成等の措置を講ずべき無形民俗文化財に選択されている。茶葉を蒸してカビ発酵室の藁の上に広げ、約1週間カビ発酵させる。その後、木桶に詰めて乳酸菌発酵させ、最後に3〜4cmの角切りにして天日干しする。完成した黒い小さな四角形が碁石に似ていることからこの名がある。
碁石茶の個性は、最初のカビ発酵で香味の骨格を作り、その後の乳酸発酵で酸味とコクを深める点にある。単一の発酵では出にくい複層的な風味が生まれる理由であり、二段階発酵の賜物。
発酵茶の楽しみ方
発酵茶は熱湯でしっかり抽出しても味が崩れにくく、茶種ごとの個性を見分けやすい。熟茶や碁石茶はやや長めに置いて厚みを引き出し、阿波番茶は短めにして酸の輪郭を整えるとよい。抽出時間で表情が変わる面白さ。
私たちは発酵茶の奥深さに魅了されており、まずは小ぶりの急須や蓋碗で香りの移り変わりを追う飲み方を勧めている。食事に合わせるなら、熟した香りの茶は油分のある料理、阿波番茶は塩味のある惣菜とも相性がよい。毎日の湯で確かめる発酵の個性。
発酵茶の種類と特徴の全体像は発酵茶の記事で、お茶の製造工程全体は製造工程ガイドで確認できる。酸化発酵との違いを比べるには半発酵茶の製造工程も参考になる。
