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お茶の品種は日本で登録されているだけでも100種類以上。未登録の在来品種や研究中の品種、世界に存在する品種を加えれば、途方も無い数の品種が存在します。

しかし、そんな沢山の品種の元になる木は地球上にたったの2種類です。

お茶の品種は2つだけ?中国種とアッサム種

茶はツバキ科の植物で、学名を「カメリア・シネンシス(Camellia sinensis(L)O.Kuntze)」といい、紅茶も烏龍茶茶も緑茶も、全てこの植物から作られています。

この茶の木は大きく、中国種とアッサム種の2種類に分類されます。そこからそれぞれ派生して、さまざまな品種が生まれているのです。

2019年現在、日本で農林水産省に登録されている品種は119種。茶産地としては比較的冷涼な地域にあたる日本では、栽培されているほぼすべてのお茶が中国種に属しますが、中には中国種とアッサム種が交配して生まれた品種も存在します。

中国種の特徴

中国種は中国の雲南省を原産とする品種で、渋味成分である「カテキン」の含有量が少く、酸化酵素の活性も弱く酸化発酵がしづらいため、緑茶に多く使われる品種です。

アッサム種と比べると茶葉が小さく、最大でも3mほどまでしか伸びない灌木型の品種です。

耐寒性が高く、寒くて乾燥した場所で育つことはもちろんのこと、順応性が高いので暑くて湿度の高い場所でも育つため、日本・中国・台湾や、インドやスリランカの高地などで栽培されています。

日本では”やぶきた””ゆたかみどり””さえみどり”など、ほぼ全ての品種がこの中国種に属します。

中国種の歴史

お茶の起源は中国。その歴史は紀元前から始まり、神話にも出てくるほど昔からお茶はありました。

お茶の発祥に関しては諸説ありますが、雲南省西南地域で初めて茶の木が発見されたという説が有力です。このころ、お茶の葉は薬として認識されていて、嗜好品として飲まれ始めたのは紀元前59年ごろ。

760年ごろには世界最古のお茶の専門書『茶経』が完成し、飲み方や淹れ方が今のスタイルに近付きます。805年には日本にお茶が伝わり、日本のお茶の歴史はここから始まり今に至ります。

1610年頃にはヨーロッパにも初めてお茶が輸入されます。台湾にお茶が持ち込まれたのは、さらに遅い1810年ごろです。

アッサム種の特徴

アッサム種はインドのアッサム地方を原産とする品種で、渋味成分となる「カテキン」を多く含み、酸化酵素の活性が強く酸化発酵がしやすいため、主に紅茶や烏龍茶に使われる品種です。

中国種と比べると茶葉が大きく、葉面には深くシワが走っているのが特徴です。また、中国種と違い喬木型なので、最大で10mほどまで直立することもあります。

寒さに弱く、高温多湿の気候を好むため、インド・スリランカ・インドネシアなどを中心に栽培されています。

日本で作られる紅茶向け品種である”べにふうき”や”べにひかり”、”べにほまれ”は、アッサム種と中国種を交配して作られた品種です。

アッサム種の歴史

アッサム種は、1823年にインドのアッサム地方で見つかった野生の茶の木です。その歴史は200年と中国種に比べて遥かに短く、非常に新しい品種と言えるでしょう。

1780年代、既にインドでは、輸入した中国種の茶の木の栽培がされていました。

中国種ではなく、自国の野生の茶の木がどこかにないかと探されていましたがなかなか見つかりません。

1823年、イギリス人の植物研究家ロバート・ブルースがインドのアッサム地方に遠征した際に、見たことがない茶の木を見つけました。これが後のアッサム種なのですが、インドの植物学者は「これは茶の木ではなくツバキの木だ。」と判断を下し、茶の木と認められることなく、ロバートは失意のまま亡くなります。

その後、ロバートの意志を継いだ実の弟・チャールズの努力により茶の木と認められ、アッサム種が公に認められました。

1838年、チャールズ監督の元、アッサム種から作られた初の国産緑茶が完成。翌年にはロンドンでオークションにかけられ高値で取引されました。

このことで茶業への期待と関心が高まりますが、アッサム種が発見されたアッサム地方は危険な野生動物や毒蛇が生息しており、開拓が非常に困難な地域。さらにマラリヤやコレラなどの感染症の流行が重なったり、安全な輸送ルートが確保できなかったりと、多くの人々の血と汗が流れました。

その結果、発見から27年後の1850年あたりからお茶の生産も軌道に乗り、東南アジアやアフリカでもアッサム種のお茶の栽培が始まります。

その後紅茶が生まれ、イギリスを中心に世界中に浸透し、今に至ります。

2023年, 1月 08日